報恩講が勤まりました。

IMG_707310月25日、26日、当山報恩講が無事勤まりました。
もう一ヶ月近く経ってしまっていますが、さっきようやくかけっぱなしになっていた御絵伝を下ろし、お内陣の荘厳も平時の形に戻し終わったところで、これを書いています。何事も準備よりも片付けの方が時間がかかりますね。いや、さすがに一ヶ月はかかり過ぎですね、すみません。
今年の報恩講には初日と二日目で違うご講師にご法話を頂きました。

IMGP1243初日25日は大阪府豊中市の桜蓮寺(おうれんじ)から平野 正信(ひらの しょうしん)師をお招きしました。お寺でない一般家庭の育ちのご自身がいかにしてお念仏に出会い、僧侶にまでなられたか、その体験談を詳しくお話しくださいました。また阿弥陀如来の本願は単なる願いではなく、本願「力」であるということ、つまり現に今、願いが私の上に働いているのであり、こうして大勢の人が一堂に会して法要を営んでいるということも、その力が働いている証と頂けます、とのお話に、お参りの皆様も一様に頷いておられました。

IMGP1248二日目26日は大阪、西成区の壽光寺(じゅこうじ)の蕚 慶典(はなふさ よしのり)師に高座から節談でのご法話を頂きました。お話だけで頭の中に映像が浮かぶ、そんな臨場感たっぷりの語り口に、皆、大いに笑い、そして涙しました。でもそれは単なる冗談やお涙頂戴のストーリーに笑い泣かされたのとは違いました。人間の、否この私自身の愚かさを笑い、切なさに涙したのでした。
それでも顔を上げればそこに阿弥陀如来が立っていてくださる。横を見れば同じように笑い泣いている仲間がいる。よくお内陣はお浄土のお荘厳であるとは聞きますが、こうして外陣にお参りの方々の姿も全部ひっくるめて、お寺の本堂というのは南無阿弥陀仏の熱量を感じさせる大切な場所なんだな、、、。最後に皆さんの口から溢れでたお念仏を聞きながら、そんな事をしみじみと思わされました。

二日間、たくさんのお参り、本当にありがとうございました。特に準備や運営にご尽力頂いた総代、世話方及びそのご婦人方、またお斎をご準備頂いた婦人会の皆様には厚く御礼申し上げます。
来年の報恩講は住職継職、開基400年、宗祖大遠忌に置き換えてお勤めさせていただくことにしています。それらの法要がお念仏の熱量をもっと伝えられる機会となるよう、しっかりと準備を進めて行きたいと思います。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

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